認知症コミュニケーションのコツとテレノイド活用の可能性

utako_imege001介護生活コンサルタントとして多方面で活躍されている宮崎詩子さんはご自身がヤングケアラーとして15年間の在宅認知症介護を経験されただけでなく、お祖母様を看取られてからは東京都在宅療養推進会議の委員として患者家族の視点を行政の施策に反映させる活動に取り組まれたり、一般社団法人を設立され代表理事として専門職から市民まで多くの方に向けた研修や講演、企業向けのコンサルタントとしても活躍されています。

テレノイドがもたらしたものとは

  特別寄稿 一般社団法人ダイアローグ・メソッド・アソシエーション代表理事 宮﨑詩子

私とテレノイドの出会い

46_utako02これは、7日間で起きた紛れもない事実、私の体験をお話しします。
2016年の3月にテレノイド計画さんから1日2時間、ある施設でテレノイドと認知症の方との3者対話をして欲しいという依頼をいただきました。

当時の私は恥ずかしながら石黒先生の研究論文等も読んでおらず、テレノイドも一度イベントで触れたことがあるだけという全くのテレノイド初心者でした。

施設でお話をする相手は70代の認知症状のある女性

有料老人ホームに入所されているケイコさん(仮名)は認知症状が強まり施設スタッフとの会話やご家族との会話もほとんどできないといった悩みを抱えていらっしゃいました。残念ながら、私がご挨拶してもお返事はいただけず、すれ違っても私の存在には無関心という状況でした。

「かわいいわね…」で始まった初日

ところが驚いたことに、テレノイドを抱いた私には即座に話しかけてきたのです。「かわいいわね…」ケイコさんは子供が大好きだったのです。この初日の体験はとても驚きでした。そして私は子供を連れた母親としてケイコさんとの対話を少しずつ始めることができました。

テレノイドのことを憶えているだろうか?不安の2日目

何も理解できないし記憶もないと思われていたケイコさんでしたが、なんとテレノイドの存在を覚えていました。残念ながら私のことは覚えていませんでした。というのもテレノイドを抱いていない私がご挨拶しても初日と全く同じ反応、無関心と無視のままでした。これは7日間通して変わることはありませんでした。

一方、テレノイドを抱いた私とはお話をしていただけます。これも7日間通して変わることはありませんでした。子育ての大変さを相談したり、楽しさを語り合ったり、立派なお母さんだったことが良く分かりました。そして玄関の靴を持ち上げるのは決して外出したいからではなく、乱れたものを整頓してあげなくてはという母性ならではの気遣いだということも分かりました。

さらに、テレノイドが歌を歌うと表情が一気に明るくなりました。上手ね!上手ね!とほめてくれるだけでなく一緒に口ずさもうと歌詞の記憶をたどる懸命な姿に胸が熱くなりました。

会話ができないはずでは?饒舌な3日目、とびきりの笑顔

会話ができないと思われていたケイコさんでしたが、子供をあやすための積極的な会話、そして表情豊かに語りかける姿に認知症状のうつろさは影をひそめ、そこには優しく知的な老婦人の姿がありました。他の入居者の方も大変驚かれ「こんなにしっかりとお話しできる方だったなんて…」と絶句していました。

「どうせいなくなっちゃうんでしょ」態度が変わり始めた4日目

「この子のこと好き?」と聞くと「好き。いい子だよ、しっかりしてる」と言う返事が返ってきていました。
ところが、「どうせいなくなっちゃうんでしょ」と…変わり始めました。もしかしたらテレノイドがいない時間といる時間の違いを認識し始めたのかも知れません。

施設スタッフの興味が増していく

こうしたケイコさんの変化に施設スタッフの方から、質問をいただくようになりました。

「どんなお話をされているのですか?」「なぜあんなにお話しができるのですか?」

私は確かに認知症の方との対話は得意です。だからといってその方の人柄やこれまでの歴史も知らない短時間の関わりでこのような対話をすることはできません。

渇望していた「話題」を見つけ出せた

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結論から言えばケイコさんは子供と話したかったし、母親同士で子育てや家族の愚痴や自慢など他愛のないおしゃべりがしたかったのです。そのことをテレノイドが引き出して導いてくれたからこそ、私はケイコさんとの対話が出来、スタッフの方さえも知らなかった【貴重な人生の記憶】に触れることが出来たのだと思います。

「自分の関わり方を見直してみようと思います」スタッフの方の率直な言葉に、私の心は安堵しました。

「もう嫌い、帰んなさい」

5日目以降は「もう嫌い、帰んなさい」と言われるようになりました…。「ここにいたらだめだから」とも言います。私とテレノイドを気遣っているの?そんな風にも感じました。最終日の7日目になると語調はさらに強まります。私は思わず「ごめんなさい、私達もうここにはいられないの。今日はお別れを言いに来ました」と言ってしまいました。すると、やっぱりという表情で「そうでしょう…だから…」と。

その後も「もう嫌い、帰んなさい」と言われましたが、いわゆる認知症状のある方の不穏な表情や拒否の態度とは明らかに違います。私は「この子のこと、嫌いになっちゃった?本当に?好きって言ってくれてたじゃない?本当に?」と何度もしつこく問い詰めました。すると、じっと目を閉じ絞り出すように「…ふつう…、もう行きなさい」という答えが返ってきました。

認知症状が重度化した人の人生に

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人と「出会う喜び」「別れる悲しみ」を見事に再現していたと思います。本当に素晴らしい体験となりました。この対話を通して、1人の認知症女性が伝えてくれたことは「希望」そのものであったと感じています。

認知症という概念を覆すあらたな可能性の扉を開く鍵なのかも知れない。

そんな感想を持ちました。

私にとってのテレノイド、今後の関わりとは

正直なところ、テレノイドの造形には違和感を感じ、怖いから関わりたくないというのが私の第一印象でした。それは今も多少残っています。けれども、このテレノイドの独特なインターフェイスが認知症状の方にとって『大切な鍵』なのだとしたら、私はそれを届けてあげたいな、と思いました。

20070401というのも、私は認知症の祖母のケアを通し、愉快で楽しい認知症を育てた経験がありますが介護職や医療職ではないので臨床現場で直接的なケアをすることはありません。

しかし介護殺人や安楽死、介護者の自殺、破産、健康被害が身近な脅威になる時代に生きています。経験者として警鐘を鳴らすだけでなく、具体的な解決策を見つけ出したり、支援をしていくことがライフワークとして大切だと感じています。

まだ製品版は製造されていないということで価格も高いと聞いています。こうした新しい技術は実用化から普及までに数十年を要することも多いはず、だとすればなおさら普及に向けた工夫を考えることは、私だけでなく社会全体としての認知症支援にも通じるのではないでしょうか。

テレノイドの使い方を臨床現場の方やご家族と一緒に考えたり、試したりすることで少しでもお役に立てたら嬉しいです。

(2016.7.30)